びわ湖(琵琶湖)における特異的な流況・水質変動の観測例 | ||
1.はじめに 最近,世界各地でさまざまな異常気象の出現が報じられています。その原因を地球温暖化に求めることはいかにも安易すぎますが,少なくとも今後大いに危惧されることは,「ワシはこの地に70年暮らしておるが,こんな災害は初めてじゃ」という老人の言葉に集約されるでしょう。予測出来ないほどの異常気象が出現したとしても,過去の経験や教訓を活かして出来うるだけの生活防衛や環境対策を講じたいものです。そのためには,過去に発生した異常現象の実態やその影響を科学的に解明しておく必要があります。びわ湖における特異的あるいは異常な現象として、赤潮やアオコ、水位の異常低下、アユの大量死、南湖の結氷などが報告されていますが、ここでは、おもに私たちの観測によって得られた特異な現象について紹介します。 2.強風による流況・水質変動 風は湖水の水平・鉛直循環を引きおこしますが,強風による湖水の流動はしばしば特異的な流況や水質分布の原因となります。たとえば,1934年の室戸台風や1961年の第二室戸台風により,びわ湖南部の瀬田川から水が消え,北湖北部では異常な水位上昇と高波により大きな被害が発生しています。 成層期における強風の連吹は,水温躍層の大きな傾斜を生み出します。図は近江舞子沖に設置したサーミスタチェーンの水温記録で,2005年9月の台風14号による強い南風がもたらした水温変動を示しています。水温躍層の傾斜に伴う水温低下と,その後の鉛直混合,さらには内部波の発生などを読み取ることができます。 秋季から初冬にかけて成層が弱くなると,風による躍層の傾斜はさらに顕著になります。たとえば,2005年の12月には強い南風により,琵琶湖大橋付近では大規模な湧昇がみられ,北湖の湖底付近にあった貧酸素水が湖面にまで達しました。 1987年10月17日の台風19号による強い南風は,彦根市芹川沖の流況と水温構造を一変させました。すなわち,風の吹送以前にあった水温約21℃の湖水は沖合に運搬され,かわりに北湖の深層水が湧昇したために,一時的に11℃の低温水に置き換わりました。このような大規模な湖水の湧昇は遠浅の東岸沖では珍しく,水質形成にとってきわめて重要と考えられます。 3.大雨による河川水の流入 野洲川河川水の分散について調査を継続してきましたが,2000年9月11日〜12日の大雨(彦根で160mm)の後に行った調査では,野洲川の増水により河口沖約2kmの湖内においても1ノット(約50cm/sec)程度の河川水の移動が観測されました。すなわち「びわ湖の中に出現した川」ですね。河川水の濁度は200ppmを越えていましたが,電気伝導度は雨水による希釈のためびわ湖よりもかなり低い値でした。当時の河川流量は約300m3/secと推定されます。この時期の河川水は,通常なら河口で沈降しその後水温躍層に貫入しますが,洪水時には,その膨大な運動量により河口から相当沖合まで達することが確かめられました。 航空機による濁水の分布調査からは、湖流の存在や沿岸域での物質分散に関する情報を得ることができます。 4.地下水の湧出 南湖と北湖の境界である琵琶湖大橋付近において自記流速計や水温計を用いた流況の観測を実施しました。ここでの流況特性として,成層期における強い南風による北湖水の南湖への侵入と,冬季における密度流が挙げられます。 1998年の秋に実施した各層の水温観測結果には奇妙な現象が見られました。それは,11月中旬から12月初旬まで最下層(7m)の水温が,それよりも上層の水温よりも高い状態が継続したことです。そのときの水温が13〜14℃であることから,この水温逆転現象は湖底からの地下水湧出をとらえたものと考えられます。 5.沿岸ジェット流 沿岸域における測流結果には,しばしば30cm/secを越える強い流れが記録されます。沿岸域におけるこのような強い流れは「沿岸ジェット流」と呼ばれますが,そのメカニズムについては不明な点が多いです。スペリオル湖のKeweenaw Peninsula 沖のジェット流が有名ですが,びわ湖でも明神崎や舟木崎などの岬の沖で観測されることが多いです。1979年5月に北小松沖で観測されたジェット流は40cm/secを越える流速で、これは前日の強風によって蓄積された位置エネルギーの解放に伴うものと解釈されます。自記流速計による連続観測により、明神崎沖では強風連吹後にしばしば30cm/secを超える沿岸ジェット流が出現することがわかりました。 6.おわりに 地球上には環境問題が山積していて、それらの解決に向けた努力が継続されています。環境に関する諸現象にはいまだに謎も多く、今後の展開は読みづらいですが、過去におこった特異な現象のメカニズムを正確に理解しておくことは、今後の環境変化や事件を解決するための有力な手掛かりとなるでしょう。 |