びわ湖(琵琶湖)の水の濁り
1.透明度
 湖水の濁りの指標として透明度(transparency)があります。透明度板またはセッキディスク(Secchi disk)と呼ばれる直径25〜30cmの白色円板を水中に降ろしていき、それが見えなくなる深さを透明度と呼びます。観測方法が簡単なうえ一目でわかるので、おおまかな水の濁りの状態を知るには便利な指標です。
 今から80年くらい前には、びわ湖の透明度は10mを超えていましたが、1960〜80年代には主として富栄養化によって北湖でも4mくらいに低下しました。その後、水質改善の成果もあって再び10mを超えるような透明度が観測されるようになりました。下の図で、季節分けは、びわ湖の水温変化に従いました。
 
注)P. A. Secchi (1818-1878):イタリアの物理学者


2.湖底高濁度層
 
 湖水の濁りの主な原因は、河川水の流入、プランクトンの増殖、底泥の巻き上がりなどが考えられます。また、無機的なものと有機的なものとに大別もされます。かつての南湖では、湖底の砂利採集のために常に大きな濁りが発生していました。最近の南湖では水草の繁茂によって、水中の栄養塩が減少したためか、プランクトンの発生が抑制され、相当に高い透明度が観測されています。

 近年,びわ湖北湖の湖底付近に相対的に濁っている層(湖底高濁度層)が存在することが様々な観測によって確認されています。また,富栄養化のメカニズムを解明するためにも,湖底高濁度層の物理的・化学的過程の重要性が指摘されています。しかし,まだよくわかっていないところが多く,私達は,水質プロファイラを用いた観測や,採水によって得られた懸濁物質の化学分析の結果から,琵琶湖の湖底高濁度層の実態を明らかにし,その成因や形成・変動機構について研究をしました。


 右の図は2008年8月に観測した近江舞子沖(水深75m)での水温・濁度・クロロフィルの鉛直分布図です。この時期,深さ15m付近に顕著な水温躍層がみられ,濁度は水温躍層あたりで比較的高くなっています。クロロフィルも水温躍層付近に高い値が見られますが,これは植物プランクトンを捉えたものです。湖底付近では,濁度もクロロフィルも高く,分解過程の植物プランクトンを含んだ湖底高濁度層が形成されていることがわかります。

 
 採水・濾過により懸濁物質(SS)中の化学元素の季節変化を見ると,湖底において陸起源のアルミニウムイオンはSS濃度と同じような変動を示します。これらは降雨ごとに増加しますが,その値はすぐに低下します。一方,湖内起源のリンの濃度は降雨ごとに増加し,10月以降も大きく減少することはなく,安定して存在しています。マンガンは水温成層期にも湖底で増加していますが,最大となったのは1月でした。これは湖底での貧酸素状態がこの時期まで保存され,底泥中のMnの溶出による酸化凝集化がおこったためです。

 以上から,湖底高濁度層の大きな変動は 河川等からの土壌起源物質によるものですが,ベースとなる濁りは分解過程にある植物プランクトン等の有機物であり,夏季から成層末期までは,マンガンの化学変化による濁りの生成も大きな要因となることがわかりました。


詳しい内容は、鷺・遠藤ほか(1997):「びわ湖における湖底高濁度層の季節変化」
陸水学雑誌、58-1:27-44.に発表しました。

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3.びわ湖に流入する河川水のゆくえ


 びわ湖における濁りの実態把握のために、野洲川沖での調査を毎月一回、および大雨後にも実施してきました。調査の主なねらいは,びわ湖集水域で最大の流域面積を持つ野洲川の水が,どのようにびわ湖に入り,その後どこへ行くのかを捉えることです。そのために,水質の観測だけでなく,数台の流速計も設置して,湖流の連続観測も行いました。

 海に注ぐ河川水(淡水)は海水よりも密度が小さいので常に海洋の表層に流入しますが,湖沼では河川水も湖水も淡水ですから,河川水と湖水の温度の違いによって流入するパターンが大きく異なってきます。たとえば,河川水の方が湖水よりも高温であれば湖面付近に拡がり,逆に河川水の方が低温であれば湖底に潜ってしまいます。1年間の観測結果をみると,春には河川水のほうが高温になり湖面に拡がることが多いようです。ただし,夜間には水温差が逆転して湖底に潜る場合もあります。夏から秋にかけてびわ湖水は成層しますが,この季節の河川水温はびわ湖の表層水温よりは低く深層水温より高いので水温躍層の中に貫入します。冬には河川水の方が低温なことが多く,河口付近で潜り湖底に沿って流入し、その後は対流によって全層で混合するようです。

 
 野洲川で観測された河川水の流入パターンからみると,春には河川水が表層に流入するので,そのままびわ湖から出てゆくことになり,これでは水はほとんど入れ替わらないことになります。夏から秋にかけて河川水は水温躍層に流入するので,これは「トコロテン方式」に近いものでしょう。冬には河川水が湖底に潜るというものの,冷却や強風による鉛直混合が盛んですから,「完全混合方式」に近いと考えられます。

 かなり荒っぽい議論ですが,季節によって河川水の流入パターンが大きく違うことは,水の入れ替わりだけでなく,びわ湖の生態系や水質形成に深く関わっているものと思われます。


 以上をまとめると、湖内の濁りは河川から流入した土壌起源物質と、おもに水温躍層以浅で増殖した植物プランクトンであることがわかります。河川水の流入パターンには季節変化があるので、土壌起源物質は春には表層、夏と秋には水温躍層、冬には全層に分布します。これらがゆっくり沈降し(レイク・スノー)、湖底付近で滞留していると考えられます。これが湖底高濁度層です。大まかなイメージを下図に示しておきます。

 



この内容の一部については、
遠藤・奥村ほか(2007):「野洲川河川水の分散」、陸水学雑誌、68:15-27.
に発表しました。

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4.空からみた濁り
 びわ湖の濁りを空から観測すると、いろいろ興味深い発見があります。

(下の画像をクリックすると大きな画像が表示されます。)
ランドサット衛星 高度約1万mより 大雨後 びわ湖東岸での「櫛状構造」

 ランドサット衛星の画像は6月初旬に撮られたものですが、びわ湖の沿岸各地から濁水が流入しています。この頃は、河川や水路の水の方が湖水よりも高温(低密度)になり、湖の表層に流入するので空から濁水が捉えられるのです。農地から排出される濁水も含まれています。このような濁水は、びわ湖の水環境変化としていろいろ注目されているほか、漁業への影響も心配されます。

 2番目の写真はジェット機による高高度からの撮影で、びわ湖の中央部(明神崎や沖島)での濁水の分布を捉えています。この水域には時計回りの第二環流が存在しますが、濁水が環流に乗って時計回りに移動している様子が明らかです。

 3番目は、台風による大雨の後にセスナでびわ湖の写真を撮って、それらをつなぎ合わせて作成されたものです。大きな河川からびわ湖に流入した大量の濁水の軌跡を見ることができます。特に、姉川からの濁水が第一環流(反時計回り)に乗って南下している様子が印象的です。

 最後の写真は、湖東の荒神山沖の濁水です。宇曽川などから流入した濁水が沖合に広がっていますが、沖合の湖水との境界は「櫛状構造(
comb structure)」を示していて、懸濁水の混合や沈降が複雑な過程で生じていることを推定することができます。


©2017 SEndo Kouta

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