びわ湖(琵琶湖)の風

1.はじめに
 わたしたちは、びわ湖における湖水の流動や水質変動機構に関する研究を長年にわたって継続してきました。良く知られていますように、びわ湖には環流と呼ばれる水平循環流が春〜秋に安定して存在しますが、環流の形成・維持機構に関しては未だに解明されていません。環流の形成機構の1つとして湖上の風の渦度が考えられますが、びわ湖における湖上風の観測はほとんど行われてきませんでした。

 したがって、きわめて素朴な発想ではありますが、びわ湖における風の分布をとにかく実際に観測することが重要であるとの考えから、湖上及び湖岸での風の観測を20回程度実施しました。この報告では、観測された風の分布の特徴、および観測された風の場によって形成されるであろう湖流の分布について紹介します。ご批判を頂ければ幸いです。

2.観測について
 滋賀県やびわ湖上の風については、児玉(1965)や田中と中村(1985)などによっていくつかの卓越するパターンが示されています。湖陸風に関する研究も枝川と中島(1981)などがあります。現在、びわ湖では数カ所で観測塔やブイなどによる湖上の風の連続測定が滋賀県や国によって行われています。びわ湖周辺では、アメダスや県の大気局などで測定がなされています。これらの研究や観測は貴重なものですが、湖上の風の分布に関しては枝川(1986)など、ごくわずかな報告しかないのが実情です。


 わたしたちは、従来からたびたびびわ湖全域を調査船で走り回り、水温や湖流の調査を継続してきましたが、その際に、必ず風の観測も併せて行ってきました。観測の同時性は乏しいものの、何回も繰り返してみると、風が場所的にかなり異なっていることがわかりました。そこで、同時性を高める意味で、複数の船を用いた風の観測を行うことにしました。

 に示すように、びわ湖北湖に約5.5km(緯度3分)ごとに6本の横断測線を設け、各測線上に4.5km(経度3分)ごとに測点を配置しました。船を3隻用い、それぞれの船が横断測線を2本ずつ担当し、全測点での観測を約1時間30分以内で終了するようにしました。船の速度は約20ノットで、各測点で船を停止し、約5分間の風の観測を行ないました。使用した風速計は小型の携帯用風速計で、事前に検定を行っています。風向は、自作の簡易型風向計によりコンパスを利用して決定しました。実際の観測では、10時、12時および14時に一斉に観測を開始し、一日に3回の全域観測を行ないました。各測点の位置決定にはGPSを使用しました。

 船による観測と並行して、アメダスなどの風の観測がなされていない地域の湖岸5〜7カ所を選び、携帯用風向風速計によって10時から16時まで15分毎に風を測定してもらいました。このような観測に要する人員は約20名で、多くの学生に協力をしてもらいました。さらに、陸上の風として、気象庁アメダスと滋賀県のデータを参考にさせていただきました。観測は1991年の秋から約20回実施されましたが、皮肉にも強風によって船の航行が困難となり、途中で観測を断念したことも何度かありました。

3.観測結果
3-1.湖風の分布
 びわ湖に湖陸風が出現することは良く知られていますが、本観測でも主に午前中に典型的な湖風の分布が捉えられました。は、1993年5月29日の10時〜12時の風の分布を示したものですが、風速は1〜3m/secと概して弱く、北湖の中央部に発散点が存在しています。発散の強さは10-4sec-1のオーダーです。南部では、北湖から南湖へ向かう北東の風となっています。

3-2.南東風の分布
 暖候期において、虎姫や今津などでは東〜南東の風(ナガセ)が比較的卓越します。これは、関ヶ原地峡帯から吹き出す風で、おそらく伊勢湾からの海風が地峡部で収束することによって生じるものと考えられます。は、そのような風の一例で、びわ湖北部に5〜7m/secの東南東風がみられます。湖上のデータが少ないのは、最北の2測線では波浪による欠測となったためです。滋賀県南東部でも鈴鹿峠を越えて海風が侵入していますが、びわ湖南部では弱風となっています。

3-3.北西風の分布
 びわ湖で最も卓越する風系は、主として午後から吹き出す強い北西風です。この風は、しばしば湖上での調査を妨害し、漁業関係者にも恐れられています。は、典型的な北西系の風の観測例です。この風系の特徴は、@びわ湖北部で風速が大きく南部で小さいこと、A北から南に向かって風向が北西→北→北東と変化すること、およびB北湖南部では東側で風速が大きいこと等です。

 また、びわ湖のほぼ中央部の安曇川河口や大溝付近から対岸の愛知川や沖島付近に抜ける風が特に強い場合が多いです(勝野おろし)。したがって、びわ湖の北部では正の渦度、南部では負の渦度をもつ風の場となっています。このような強い北西風は一般風ではなく、日本海からの海風が収束を伴って滋賀県に侵入したものと考えられ、水間(1994)や伊藤(1995)が示したように、近畿地方全体としては海陸風が卓越する場合が多いようです。事実、1994年10月14日にはびわ湖では北西の強風が吹いていますが、大阪や神戸では海風が見られます()。

  いままでに実施した約20回の観測結果から、風のパターンの出現頻度を求めてみると、次のようになります。なお、観測は主として暖候期(5月〜11月)に行ないました。これによれば、2回に1回は湖風で、次に多いのが北西の強風で、強い南東風は4〜6月には卓越するものの出現頻度としては10%です。


4.北西風による湖流形成
 実際に風の分布を測定してみると、びわ湖上の風は一様とはいいがたく、従来の一様風を与えた湖流の数値実験は現実的ではありません。そこで、一つの試みとして、1992年9月19日に観測された北西系の風の場(図4)を用いて、湖流を推定してみました。用いたモデルは線形の2層モデルで、観測当時の水温構造と湖岸・湖底地形を再現したものです。計算は、観測された風を1km格子上に補間し、時間的には風向・風速は一定として約18時間連吹するものとしました。

 が、計算結果の一部を示したもので、風が止んで1日経過したときの上層における湖流の分布です。これをみると、びわ湖に2つの環流が形成され、わたしたちが別の観測によって得た環流の分布(Endoh & Okumura 1993)と比較的よく合致します。したがって、びわ湖で卓越する北西系の強風が環流形成に大きな役割を果たしている可能性が高く、今後も風の場の解明と、湖流形成に関する研究が継続されることを強く望みます。
 

5.おわりに
 びわ湖上の風の場の特徴を把握するために、きわめて素朴な発想ではありますが、人海戦術により観測を実施してきました。日中の限られた時間内での観測で、また観測回数も決して多くないのですが、得られた結果から明らかにびわ湖上では風の地域分布がみられ、環流の形成に重要な役割を果たしていることがわかりました。湖上の風の分布は、湖流形成にとどまらず、湖の生態系や水質形成などに関しても重要な要素ですので、今後も引き続き解明を進めていく必要があります。

 最後に、風のデータを提供していただいた滋賀県立衛生環境センター(現在は琵琶湖環境科学研究センター)と彦根地方気象台にお礼を申し上げます。また、観測に協力していただいた奥村康昭氏、大村仁氏、および滋賀大学教育学部と大阪電気通信大学の学生諸君に感謝します。

参 考 文 献
  1. 枝川尚資, 1986:琵琶湖上の気候特性について, 地理学評論,59, 589-605
  2. 枝川尚資, 中島暢太郎, 1981:琵琶湖流域における湖陸風の研究, 地理学評論,54, 545-554
  3. Endoh, S. and Y. Okumura, 1993: Gyre system in Lake Biwa derived from recent current measurements, Jpn. J. Limnol.(陸水学雑誌), 54, 191-197
  4. 伊藤久徳, 1995:近畿地方の広域海風に関する数値実験, 天気,42-1, 17-27
  5. 児玉良三, 1965:滋賀県の風系について, 研究時報,18, 49-52
  6. 水間満郎, 1994:アメダス風資料からみた近畿,四国,中国東部の海陸風, 日本気象学会関西支部例会講演要旨集,69, 1-6
  7. 田中秀保, 中村忠八, 1985:滋賀県の豪雪と琵琶湖の強風, 技術情報,55, 23-27

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図1



図2



図3



図4



図5



図6

このペイジは、日本気象学会関西支部年会(1995.6.20)での報告を基にしたもので、詳細については、
Endoh S., M.Watanabe, H.Nagata, F.Maruo, T.Kawae, C.Iguchi and Y.Okumura (1995) :
Wind fields over Lake Biwa and their effects on water circulation
, Jpn. J. Limnol.
,(陸水学雑誌) 54 : 269-278
に発表しました。

また、
「びわ湖における風の特徴および風による湖流形成」:
日本陸水学会第74回大会(大分)、2009年9月 /要旨//プレゼン/
にも関連した内容があります。


©2017 SEndo Kouta

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