外国でのビックリ体験−その1−


◆はじめに
 新しい体験をするということは、いくつになっても驚きや感激を伴うものであるが、進学、就職、恋愛、結婚、出産(?)などという人生のイベントを一通り済ませ、今や日常生活にドップリと浸って久しい小生などは、ビックリするような体験が急速に減ってきたように思う今日この頃である。自然像に久しく投稿しなかったのも、これといって特記するような事件もなく、あえて書くとすれば「最近の学生は・・」といった風な小言にならざるを得ないからであったろうか。

 今年は珍しく自然像委員から執筆依頼を受けたせいもあるが、先日、アメリカやスウェーデンでの日記(のようなもの)を読み返す機会があって、自分の体験をどこかに書き留めておこうというスケベ心と、これから外国に行くであろう皆さんにとって何かの参考になればと思ってキーボードを叩くことにしました。

◆寒かったミシガン
 1993年10月から文部省在外研究としてミシガン州立大に家族とともに6ヶ月間滞在した。夏には何回か訪れた地だが、深まりゆく秋の紅葉の美しさに、まずビックリ。キャンパスを探索しているうちに広いキャンパスで道に迷って足が棒になり、衝動的に自転車を買って帰宅する始末。1本約50円の缶ビールが疲れを癒してくれる。教職員用の宿舎は集中暖房が行き届いていて快適だったが、天井に灯りがないので部屋のあちこちに電気スタンドを立ててみたものの、一向に明るくならず、老眼が進んだ原因はこの部屋の暗さだと今でも思っている。

 ミシガンでは数々のビックリ体験をしたが、1月19日の寒波には恐れ入った。華氏で−18度、つまり−26℃にまで気温が下がって小・中学校はもちろん、大学までが休校になってしまった。ミシガン州立大が低温のためお休みになったのは開校以来4度目だそうだ。外は小雪がちらつき、豪快なツララが垂れ下がっている。暖房中にもかかわらずガラス窓の内側が凍り始めた。外出を控えるようにテレビが呼びかける中で、無謀にも買い物に出かけようと車のドアを開けたのが間違いであった。

 エンジンをかけようとしてキーを回したところ、明らかにバッテリーダウンであることがわかったが、突然けたたましいアラームが鳴り始めて、何をしても止めることはできなくなった。この車には盗難防止用のアラームが装備されていて、これがあまりの寒さのために誤作動したのである。ものすごい騒音が鳴り響く中で、近所からクレームがひっきりなしに届く。顔面蒼白である。知人やアラーム会社に電話した結果、床下のシートの奥底に手動停止ボタンの存在が判明したのは約1時間後であった。この間、アラームは我が物顔で官舎街に鳴り響いたのである。


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◆バイカル湖でのサバイバル
 1993年の6月に2週間ほどバイカル湖での調査に参加した。世界で最も深い湖であるバイカル湖の水循環に関する国際共同調査で、日本からは6名が参加し、私の担当はレーダによる漂流ブイの追跡であった。レーダや漂流布、その他観測に必要なものの大部分は日本から運搬した。ロシア科学アカデミーの調査船3隻が用意され、小生と奥村さん(大阪電通大)の2人は、3隻の中で最も小さな「オブリチェフ」という船に乗せられた。小さいとはいえ総トン数でいえば「清流」の10倍ほどの船であり、船長、機関長、甲板長、厨房長など5名の船員がいて、アカデミーからはビクトルという若い研究者が乗り込んでいた(ちなみに船長も同名であった)。

 この船で、およそ1週間にわたる無寄港(つまり、船内での寝泊まりである)の調査が開始されたが、驚いたことに船内には誰一人として英語を理解する者がいなかったのである。当然のことであるが我々ヤパンスキー2人はロシア語などわかるはずもなく、出航したとたんジェスチャー大会を余儀なくされた。無言でのジェスチャーはうっとうしいので、お互いに自国語を話しながらの何とも奇妙な会話である。そのうちビクトルが英語の辞書を活用し始め、「サパー、サパー」と食事の時間を知らせてくれるようになり、観測の細かな打合せも何とかできるようになった。我々も、ことあるたびに「スパシーバ(ありがとう)」を連発し始めた。それにしても、朝からサパーである。

 この観測でのビックリはこのサパーであった。毎食が黒いパンと紅茶で、たまに煮たり焼いたりしたオオムリという魚が添えられる程度で、生鮮野菜や果物は皆無であった。よくぞ1週間も生き延びられたと感心する。ある程度の予想のもとに日本からインスタント食品などを持ち込んではいたものの、今までの人生において間違いなく最悪の食環境であった。はじめのうちは唖然としてぶつぶつ不平などつぶやいていたが、そのうち2人ともサトリを開いたというか、あきらめたというか結構食事もおいしく感じられ、一生懸命食事を作ってくれるオバサンと歓談ができるまでになった。

 バイカル湖の水はどこまでも透き通っていて、湖水を沸かして入れたコーヒーのうまさは筆舌に尽くせないほどであった。発泡スチロールに重りをつけたにわか作りの透明度板で測定した透明度は25mにも達し、測り終えた板を引き上げるのは大仕事であった。夏至も近いというのに水温は約3℃で、湖上にいるとまるで冬のように寒く感じた。(つづく)(1998.1.30記)

「自然像」 Vol.37 (1997)


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